2018年02月22日

今日の出来事

人生に投げやりになって、すべてがもうどうだっていいと思ってしまうときがある。たまに、それもほんの一瞬のことだが。
ほんの一瞬とはいえ、そう思ってしまった自分を抱きしめてやりたくなる。

そう、まずは自分を愛することだ。

そやってまた、前を向いて生きていこうと、思うのである。

ところで、以前ネット上でみつけた「社会不安障害診断」とかいうやつをやってみたら、「重度の社会不安障害」と出た。間を開けて二回ほどやってみたが、二度とも同じ結果だった。それの制度がどれほどのものかわたしにはわからないが、二度もそういった結果がでるということは、かなりの社会不安障害かもしれない。

とここまで書いて、また昨日のような困難が生じた。今日は少し内容のなることを書こうと思ったので、逆に書き続けることができない。誤字チェックせぬまま投稿する。



posted by nasty_habit at 19:14| 兵庫 ☁| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月21日

困難の真っ只中にいる

わたしはいま、困難の真っ只中にいる。

だれに分かって欲しいというわけではないが、いまこの困難の真っ只中でこれを書いているということが、わたしの努力なのである。

本当はもっとあとで書こうかと思っていた。が、後では時間が取れそうにない、そんな見込みになってきたのだ。

わたしに話しかけてくる人がいる。すぐそばに。話を聞いている振りをしながらこれを書いている。

聞いている振りをしているのだ。ときおり返事などしながら。

内容のあることを書けるわけがない。

ならばなぜわたしは書いているのか?

そんなの俺の勝手じゃないか。

とにかくこのままでは、書く時間がなくなってしまうのだ。

書く時間を産み出すためには、こうやって人の話を聞いている振りをしながらでも、書き続けるしかない。

そう、俺は書き続けるしかないのだ。

あとは、

書きたいことをみつけるのだ。

書きたいことなら山ほどある。

たとえば、南方熊楠や柳田國男のような民俗学について書きたい。が、これはわたしの知識では無理だ。せいぜい、柳田によればとか熊楠によればといってことしか書けぬ。

スティーブン=ジェイ=グールドのような科学エッセイも書きたい。が、これはわたしの知識では無理だ。せいぜい、グールドがエッセイのなかでこう言っているああ言っているとか書くぐらいだろう。

またハイデガーの「存在と時間」、サルトルの「存在と無」、カントの「純粋理性批判」、カッシーラーの「シンボル形式の哲学」、ショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」などといった哲学書も書きたいことの一つだがまあ無理だろうな。

そんな大著でなくて、手頃な哲学論文だって書いてみたいのだが、論文なるものすら書いたことないのに書けるわけないな。

たぶんこういったものを本当に書きだしたら死ぬまでに書き終わらないと思うのだがそれはともかく、書きたいことはこのように色々あるのに、書く能力に欠けるというのは問題である。

まだまだ勉強しなければならないなぁ。
posted by nasty_habit at 17:00| 兵庫 ☔| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月20日

チャンスを無駄にしてしまったがまだ遅くは、ない。

ここ数ヵ月がチャンスだった。
その数ヵ月が、無駄に終わってしまった。
まったくの無駄というわけではなかったが。
利己的に考えれば、無駄というしかなかった。
残された時間は、二月余り。
まだ遅くはないと思うのは楽天的にすぎるかな?
でも悪いな。俺は本来楽天的なのだ。
困難な中でのチャンスではあるが、上等じゃないか。

書きたいことを、書いていく。
posted by nasty_habit at 19:34| 兵庫 ☀| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

「殺すぞ」

今日、兵庫県西宮市の今村岳司市長が辞職願を提出したそうな。
なんでもこの御仁、なんかの記者会見で読売新聞の記者に「殺すぞ」といったというのだ。
子どもの喧嘩か。
大の大人が「殺すぞ」なんて言う機会、なかなかないぞ。
まあでも、辞めるだけましだといえる、国家の首相のあの人よりは。



posted by nasty_habit at 22:02| 兵庫 ☁| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

女性専用車両に乗った男たち

最初にこの記事をみたときは、知らずに乗ってしまったが、乗務員に注意されたのがシャクでそのまま居座り続けたとか、3人組が悪ふざけでやったのかとか思ったが、そんなレベルの話ではなく、かなり確信犯的な男たちだった。彼らによれば、男性だって女性専用車両に乗っていいのだそうだ。なぜなら女性専用車両に乗ってはいけないという法律などないからだって。女性専用車両には法的根拠はないんだって。

これ聞いて、なんだ、乗ってよかったのか、今度から乗ることにしよう、なんて言う人、まさかいないだろう。

この人たちの目的がいま一つわからない。女性専用車両をなくせということなのかあるいは男性専用車両をつくれということなのか。どちらにしても、女性専用車両ができた経緯を調べればこんなことはいえないはず。

法律に触れないことはなんでもやりたいということでもないようだ。法律に触れないもっと立派なことがあると思うがそんなことはやってそうにない。(やっていたら教えてほしいが。)似たようなことだが、法律に触れなければ何をしてもいいとでも思っているのであろうか。もちろん今回の騒ぎをみればやってはいけないことだってわかるはずだ。

国民を監視しようという風潮になってきている昨今、こんな騒ぎを起こせば、締め付けが厳しくなる可能性は高い。

彼らは、女性専用車両が法的根拠を持ち、それに乗ることが法的に禁止されたら、もし法律にしたがうなら、なぜ今の「ご協力」のときにできないってことになるのだろうか。あるいはそれでも女性専用車両に乗り続けるつもりだろうか。ならば今の彼らの行為は、それに法的根拠がないからだというのは、それがすべての理由ではないということになる。他に理由があるのであろうか?

おそらくなにかくだらない理由があるのだろう。考えるのもバカらしくなってきた。
posted by nasty_habit at 23:13| 兵庫 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする