2008年02月29日

諏訪内晶子の新録音

uccp1130beethoven.jpg諏訪内晶子さんの新録音が出ます。

2年半ぶりなんだそうで、

そんなになるのか〜って感じですが。

ベートーベンのソナタです。

楽しみです。




posted by nasty_habit at 23:51| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カール=ヤスパース『哲学入門』第四講@

いきなり第四講かよ、という声などものともせず(実は、この間、何が書いてあるのかさっぱりわからないのですふらふら)、続けるとしよう。

第四講 神の思想

「現在の哲学者は、神が存在するかどうかという問題を回避する傾向があるように見受けられます。彼らは神の存在を主張もしなければ、否定もしないのです。しかし哲学する者は答弁を求められている者であります。神について問われたならば、哲学者は何らかの答えを与えなければなりません。そうでなければ、彼らは、一般に何事も主張せず、何事も肯定せず、何事も否定しないところの懐疑的哲学の立場を放棄していない者であるか、あるいは、彼は、自分の立場を対象的に規定された知、すなわち科学的認識に制限して、我々は知ることのできぬ事柄に関しては沈黙を守るべきである、という命題をもって、哲学することをやめるものであります」

神という概念が明確ではない我々には、あまり関係のない一文に思われます。もちろん、問われれば答えなければいけない、ということには同意しますが、我々は神の存在も主張しないし、否定もしないというのが一般的ではないでしょうか。にもかかわらず、我々は何かを主張することはできるのです。

ところで、ここには、第一講にかかわる問題、すなわち、哲学とは何かに関する発言があります。哲学的問題に対して、それの答えを必死に追求し続けるか、あるいは、その問題そのものが消滅することを目指すのか。

が、この態度の違いは、両立し得ないものなのでしょうか。わたしはどちらかといえば後者の態度に与するのですが、それでも、そのこともまた、答えを必死に追及し続けていることのような気がするのです。
posted by nasty_habit at 18:34| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月24日

狂気の淵

もっともっともっと。

俺はいつも同じことを書いてしまう。

そう、

もっと求めよ、と。

まだまだ狂気の淵にはたどりついてはいない。
posted by nasty_habit at 22:51| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月21日

カール=ヤスパース『哲学入門』第二講@

第二講 哲学の根源

哲学の根源は三つある、とヤスパースは言っています。

「驚きから問いと認識が生まれ、認識されたものに対する疑いから批判的吟味と明晰な確実性が生まれ、人間が受けた衝撃的な動揺と自己喪失の意識から自己自身に対する問いが生れる」

驚きと疑いから、日常のありきたりのものをながめると、今までと違ったように感じられます。そして、当たり前のものがほんの少し、当たり前ではなくなったとき、いままで自分の立っていた足場がぐらつき、動揺を覚えるのです。

このことに関連して、ヤスパースは「限界状況」という興味深い概念を提出します。

「私は死なねばならないとか、私は悩まねばならないとか、私は戦わねばならないとか、私は偶然の手に委ねられているとか、私は不可避的に罪に巻き込まれているなどというように、たとえ状況の一時的な現象が変化したり、状況の圧力が表面に現われなかったりすることがあっても、その本質においては変化しないところの状況というものが存在します。私たちはこのような私たちの現存在の状況を限界状況と呼んでいるのであります。すなわちそれは私たちが超え出ることもできないし、変化さすこともできない状況が存在するということであって、これらの限界状況はかの驚きや懐疑についで、哲学のいっそう深い根源なのであります」

「限界状況」というのは哲学的キーワードになりそうですが、ヤスパースのいう限界状況の概念として、「私たちが超え出ることもできないし、変化さすこともできない状況」というのは同意できますが、その具体例となると、どうも納得はできません。

私の考える「限界状況」とは論理概念になります。論理的に起きえないことは起きえないし、現に起こっていることはすべて論理的に起きえることのみです。このことこそが、「私たちが超え出ることもできない」ものですし、「変化さすこともできない」ものなのです。
posted by nasty_habit at 09:52| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月19日

凍ったビール

ビールを買ってきて、それほど冷えてなかったから
冷凍庫に入れた。すぐに飲むつもりだった。
で、何本か飲んだ。その残り。風呂上りに飲もうと思った。

すっかり忘れてた。

風呂から上がって思い出した。

あっ!

もう、凍っていた。

凍ったビールが解けるのを待っていたら
こんな時間になってしまった。

まだ溶け切っていない。

たった一本のビールだけど

飲み干すまで

眠れやしない。

posted by nasty_habit at 00:11| 兵庫 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月17日

カール=ヤスパース『哲学入門』第一講A

第一講 哲学とは何ぞや(承前)

さて、この第一講のタイトルは「哲学とは何ぞや」です。では、哲学とは何でしょうか。切れぎれにではありますが、ヤスパースの言葉を拾ってみましょう。

「哲学の本質は真理を所有することではなくて、真理を探究することなのであります」

「哲学の問いはその答えよりもいっそう重要であり、またあらゆる答えは新しい問いとなるのであります」

「哲学とはなんであるかということは、私たちによって実験されなければならないことなのです。かくて哲学は生きた思想の実現であり、またこの思想への反省であります。あるいは哲学は、行為であり、この行為について語ることであります。自己自身の実験からして、初めて私たちは、世界の中において私たちが哲学として出会うところのものを感得することができるのであります」

「現実を根源においてみること」

「哲学とは人間が現実と関係をもつことによって、人間自身となるために必要な『集中すること』であります」

すくなくとも、ここで述べられている哲学とは、誰かの哲学的思想や、哲学史などを系統的に勉強することとは違います。そういった勉強も、哲学することの役には立つでしょうが、必ずしも本質ではないのです。
posted by nasty_habit at 23:41| 兵庫 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 哲学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

200年を経てアボリジニに公式謝罪・豪政府



さて、わが国日本ではどうだろうか。先住民族アイヌに対する謝罪は?

謝罪どころか、謝罪すべきことがあったことすら、知らない人がいるのではないだろうか?
posted by nasty_habit at 23:59| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

カール=ヤスパース『哲学入門』第一講@

第一講 哲学とは何ぞや

「哲学とは何ぞやとか、哲学にはどんな価値があるかなどという問題についてはいろいろの見解があって、一致していないのであります」

現在では、「反哲学」というような哲学もあるくらいです。

「哲学が科学の信仰者にとってもっとも嫌悪される点は、哲学は普遍妥当的な成果を全然もたないということ、すなわち私たちが知り、それによって所有することができるようなあるものを全然もたないということであります」

ギリシャの哲学は、自然も哲学の対象でありました。今日でいう科学は、哲学に含まれるものだったようです。したがって、ここでは、哲学のなかで、「普遍妥当的な成果」をもったものが科学となった、と理解すべきだと思います。そのため、哲学は「普遍妥当的な成果を全然もたない」ものとなっているのです。これは哲学の魅力でこそあれ、嫌悪すべき点ではないと思います。
posted by nasty_habit at 20:25| 兵庫 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

少女暴行容疑で米兵を逮捕

米兵が沖縄にいること自体が問題となっているのに、
またこのような事件である。

もちろんわれわれは、ここで何が実際に起こったかは、
知りようがない。マスコミのニュースを頼りにするほかはない。

だが、もしここで報じられている通り、「ハドナット容疑者は、女子生徒に抱きついてキスをしようとしただけだとして、暴行容疑を否定している」というのであれば、やはりこのハドナットという男、許しがたいものがある。

「抱きついてをキスしよう」とするのは、普通、好きな相手にだけであろう。

道で声をかけた、しかも未成年の少女に、これだけでも立派な犯罪である。それなのに、「だけ」という心理は理解しがたい。
いずれにせよ、米兵など消えうせるがいいんだ。
posted by nasty_habit at 16:30| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

香港人気女優、ヌード写真流出事件で「認識甘かった」と謝罪

どうしてもこういう話題には食いついてしまう(笑)

ただの芸能人のスキャンダラスで
済ませたくないんだよな。

こんなこと、悪いことではない、

だけど、

この、当の相手の男はいいとして、

それ以前に出会った男たち、
これから出会うであろう男たち、

こういった軽率な行為が、

そういった男たちを貶めることになるのだ

つまり、

このわたしを貶めてるようなものだ。


一般の女性たちも、

軽率に男と付き合うのは、やめたほうがいいし、
ましてビデオは、
撮るんだったら別れない覚悟で、
撮るべきだ。

あるいは、

わたしに撮らせろ!
posted by nasty_habit at 15:50| 兵庫 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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