2008年06月26日

「真剣さ」がたりない

あなたには「真剣さ」が足りない。

あなたは自分の言葉を真剣に語っているだろうか?生命を賭して語っているだろうか?

真剣な相手には、真剣に向かい合うべきだ。

それとも、

そもそも俺の真剣さが、足りなかったのだろうか?
posted by nasty_habit at 23:30| 兵庫 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月24日

グレン=グールド La Valse

You Tubeで見つけた映像。

La Valseを演奏するグレン=グールド……

まさにだ……




posted by nasty_habit at 14:16| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

道徳観訂正

>多少の犯罪には目をつぶっても、人を殺しちゃ駄目だろう。

殺さなきゃいいってもんじゃないっ!

年少者や、老年者に対する犯罪は問題外。というのは、自分の身を守る力がないのならば保護されなければならないからだ。

夜遊びしまくってる女性は、多少の危険は覚悟すべきだ。殺されない限りは、自己責任ということで。世の男性人からお金を巻き上げて生活している女性たちも、世の中には様々な男たちがいるということを常に心して、つまり、あなたがたをちやほやする男ばかりではないということを意識して行動しましょう。

あと、貧乏人からお金を盗むのも許されない。だから俺から金を盗むやつは許さない。

要するに、常識的な判断として、それぞれの罪をながめようということだ。


posted by nasty_habit at 09:10| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月23日

秋葉原無差別殺傷事件・追記

酔っ払って書いた文章はなかなか意味が通じない、自分で読み返してみても。

さて。

多少の犯罪には目をつぶっても、人を殺しちゃ駄目だろう。

おれの道徳観など、そんなものだ。

で、人を殺した人たちがいろいろとその理由を述べるけれど、まさにそれと同じ理由で、素晴らしい自分だけの世界を築きあげた人たちもいる。

いるのか?

少なくとも、

まったく同じ理由が、

まったく違う行動を起こす原動力になりえるのだと、
信じている。
posted by nasty_habit at 00:28| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

秋葉原無差別殺傷事件

加藤容疑者 『ネットでも無視され』 秋葉原殺傷

いろいろと供述を始めたようだが。

以前、誰だったかは覚えていないが、「人を殺してみたかった」から人を殺したと供述した人物がいたように記憶する。殺人を認めるわけではないが、理由と行動が直結しているという意味では、この供述は十分納得のいくものである。

が、この加藤容疑者の言っていることを聞いても、それがなぜ人を殺す理由になるのか、さっぱりわからない。

人は合理的な生き物ではないということなのだろうか。もちろん人は必ずしも合理的であるとは限らない。むしろ合理的であるほうが少ないかもしれない。いや、もっといえば、合理的でないからこそ、人間らしいのではないかという気すらする。

かといって、合理的でないから人を殺してもいいということにはならないし、動機を述べるということが、人殺しという行為を正当化する試みだととらえられなくもない。これは合理的である。

なんかまとまりがつかないが、要するに限度の問題なのである。自分勝手に生きるのもいいが、人を殺すまでに至っては、限度をはるかに超えている。
posted by nasty_habit at 23:29| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自己決定

自らを高める

自らを創造する

といった言葉より、

自らを「決定する」

といったほうがぴったりする。

自分がどのような人間であるかは、
自分のとる行動が決定するのだ。
posted by nasty_habit at 22:14| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自己形成

自分を高めることが出来る。

自分を創造することができる。

俺がそう信じているからといって、
事実そうであるということは帰結しない、当然のことながら。

だが、

そう信じることが大切なのだ。

とまたこれも俺の信じていることの一つに過ぎない。
posted by nasty_habit at 00:01| 兵庫 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月19日

人並みってのは他人と同じってことだろ?

人並み

なんて糞喰らえだ!
posted by nasty_habit at 23:51| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

カリスマ性があると思うミュージシャンランキング

http://ranking.goo.ne.jp/ranking/025/charisma_musican/

おそらく、カリスマとは何か、カリスマ性とは何か、そんなことを考えたことのない人が、こういったアンケートに答えているのだろうと思う。当然、人気歌手が上位に来るはずである。

「カリスマ性のある歌手は?」という質問ではなく、「あなたにとってのカリスマは誰?」とでも訊いて、もちろんその中には歌手以外の人も入っているに違いないが、その中から歌手を抽出して上位から並べていけば、今回のアンケートとはまったく違った結果が出たのではないかと思う。少なくとも一位の桑田圭佑はありえなかっただろう。

まあ「カリスマ」をランキングにしてしまうあたりがナンセンスだが。
posted by nasty_habit at 22:28| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月17日

快楽主義・禁欲主義

快楽主義とは何か?

「快楽」を追い求めることなのか?

そうではない。それはただ目先の楽しみに振り回されているだけのことだ。そうではなく、今の現状を「快楽」だと言い切ることなのだ。

したがって、いかなる苦境に立たされていようとも、爛々と輝く眼差しをもち続ける人は「快楽主義者」である。

さらにいえば、爛々と輝く眼差しを持ち続けるために、あえて苦境に立つ人は「禁欲主義者」である。

どうでもいいような男や女と遊びまくるのは、快楽主義ではない。
理想をあきらめてしまうのは、禁欲主義ではない。

どちらの立場でも、大切なのは目の輝き、すなわち、生きているという実感である。

不幸にして、いまこのブログを目にすることが出来ないほど死に瀕している人については言及しないでおこう。

そうでない人たちにいとっては、いやしくも「主義」という限りは、断固としてそれを維持しなければいけない。現状がどうであれ、目の輝きを、失ってはならない。

posted by nasty_habit at 13:30| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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