2008年12月01日

色と数

「赤い表紙の本」がある。

目の前には「8冊の本」がある。

だが、「赤」や「8」はどこにあるのだろうか?
posted by nasty_habit at 23:49| 兵庫 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント


見逃すことのできぬ、
わたしにとり
タイムリーな記事に


必然的に遭遇した。


「このことをいつか
順に書いてゆきたい」


事故を生還するなかで
わたしはずっと
そう思い生きていた。
果てしない道を。

今日のようになるまで
よくももったものだ。
感動を覚えるし
貴重な体験であった。
まだ貴重な体験は
つづいてゆくと思うが。
自らつなげ直して
大半のインストールに成功して、
いまだ自分が解体せずに人間であることは
奇跡であると感動する。


「人間であること」



を、ゼロからやり直す。


つまりはその体験を、
わたしはくり返さねばならなかったからだ。



自分の作品のなかで
いつか書いてゆくぞと
ずっと意志してきた。



各作品に盛りこみ
じわじわと書いており
今後もその作業はつづくと思う。
というか
書いていると
必然的に
体験がにじみあふれてくるようである。



この記事は
まさにそのことに
言及しているのだ。

なので、
一部にはなると思うが
わたしの
「人間解体」と
「人間開始」の
両体験から、
ぜひこの記事には
書きたいと
すぐに感じた。


とはいえ、
今夜にはむりそうだ。

追って書こうと思う。



「赤」や「8」 は


どこにあるのか。


あと何日かで
事故生存13年のめでたき日がくる。
必然とはまさに必然なのである。


わたしを
さらに歩ませるために
出現した記事のようだ。
偶然に
書かれたこの記事が
必然であるのである。
ありがたいことだ。


本文または
つづきは 追って書く。

すべてに 感謝。
Posted by サーハル at 2008年12月03日 03:17
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